「ジークフリート」を予習

良い子の皆さま、「ジークフリート」の予習ページへようこそ!

「ジークフリート」は北欧神話と中世の伝説物語と作曲家リヒャルト・ワーグナーの創造によって作り上げられた作品です。怖く無いから、こちらの世界にいらっしゃい!

ミーメ賛

ワーグナー作曲の舞台祝祭劇(オペラ)「ニーベルングの指環」(序夜、1日目、2日目、3日目)の2日目「ジークフリート」をウィーンで鑑賞することになった。

登場人物の一人であるミーメ Mime は悪役である。ただし、悪役というより道化役という方が個人的にはしっくりくる。私はミーメというキャラクターが好きだ。面白いだけでなく、かわいらしい。

ミーメは北欧神話のレギンをモデルにワーグナーが作り上げたキャラクター。ワーグナー自身が嫌う民族をイメージしているとも言われる。ミーメはいつもバカにされてばかり。可哀想なヤツだと思うか?

本当にワーグナーが心の底からミーメを憎んでいるなら、もっと酷い描き方だってできた。かわいいと思える要素をこんなに盛り込むなんて、むしろ愛情さえ感じる。アイツのことなんか嫌いだけど憎めないヤツだ・・・そんなところだろうか。いや、実は結構好きなのでは?白状しなさい!ワーグナーさん、アナタは本当はミーメのことが好きでしょう?

さあ、そういうことだから、今回の鑑賞の予習として、主人公のジークフリートを差し置いて、重要な脇役ミーメについて存分に語ろう。

お母さんみたいなミーメ

ミーメ:
おしゃぶりした小さな赤ちゃんを育てて
虫ケラのような小さな体を布で包んで
食べさせて、飲ませて、おもちゃを与えて、大事に見守ってきたのに・・・

ミーメが歌う子育ての歌である。

母さんは、夜鍋をして、手袋編んで・・・みたいな憂いのある歌だ。

小人のミーメが、元気いっぱいの小さな赤子ジークフリートを背負っている様子が目に浮かぶ。

ただし、騙されていけない!!

ミーメは成長した義理の息子ジークフリートを利用してお宝をゲットしたら、ジークフリートの首をちょんぎるつもりなのだ。

ミーメの子育ての歌は、それが演技であることを忘れずに聴こう。

ミーメ:
お腹空いているんじゃないか?
お前のためにスープ温めておいたぞ。

成長した怪力少年ジークフリートはクマさん(本物!)を連れて帰宅。クマさんを利用してミーメを虐めたり、ミーメがジークフリートのために作った剣を簡単に破壊したり、散々な目に遭っても「息子」のためにミーメはご飯を用意していた!反抗期の十代の息子に罵られながらも、息子の健康を気遣う母親のようだ!

ジークフリート:
ねえ、ねえ、ミーメには愛する妻はいないの?ボクがお母さんと呼べる人。

ミーメ:
バカなヤツめ。ワシはキミのお父さんとお母さんを兼任しているのじゃ!

ふふ。確かに。ご本人がおっしゃる通り。

ジークフリートはミーメの血のつながった子供ではない。ミーメは育ての親である。

それから、お料理するミーメも紹介しておこう。お料理というか、飲み物を作るミーメだ。

自称腕の良い鍛冶屋なのに、砕けた剣ノートゥングのかけらを繋ぎ合わせることができなかったミーメだったが、ミーメの代わりにジークフリートが思いがけない方法で剣を復活させようとしている。

その間、ミーメはせっせと怪しげなオリジナルドリンクを作る。毒入りドリンクだ。

エプロンを付けて腰をフリフリしながら鍋を煮詰めるミーメの姿が目に浮かぶ。

クイズに挑戦するミーメ

神ヴォータンがさすらい人の姿で現れるが、彼が神ヴォータンであることにミーメはまだ気づかない。

剣の破片を繋ぎ合わせることが出来ないという窮地に陥ったミーメに、ヴォータンは何でも教えてあげると言って助け舟を出した。しかし、おバカなミーメは、この風変わりなさすらい人を何とかして追い出そうと、テキトーなどうでもいい質問をする。

3問正解したヴォータンは、今度は自身がミーメに質問することにした。

ヴォータンからの最初の2問にノリノリで答えるミーメ。答えを知っていたので、嬉しくなって堂々と応じる。まるで自分が賢いヤツになったような気分に浸っているのだろう。

だが、3問目の質問「誰が剣ノートゥングの破片を繋いで甦らせることができるのか?」でミーメ撃沈。窮地に陥っていることを思い出して激しく混乱してしまうのだった。

得意げにクイズに答えたミーメと、うろたえるミーメのギャップがかわいいい。

兄弟ケンカするミーメ

小人族のミーメには兄がいる。アルベリヒという。

ニーベルングの指輪の序夜ではミーメはお兄ちゃんにボコボコにされてワンワン泣いてしまったのだった。

「ジークフリート」ではミーメは泣かなかった。全力でアルベリヒと言い合いをしている。

ジークフリートが大蛇の姿をした巨人族ファーフナーを倒した直後だ。とっても怖い化け物ファーフナーが死んだかどうか確認するため、二人ともビクビクしながらやってきた。そこで久しぶりに出会した兄弟は激しく口喧嘩を繰り広げる。兄弟はどちらもファーフナーの宝の中から黄金の指輪と隠れ兜を手に入れたい。しかし、お兄ちゃんが怖いミーメは狡賢く妥協案を提案するのだが、独り占めしたアルベリヒに却下された。

小人の兄弟2人が言い合う場面もまた好きだ。テノールのキンキン声でミーメが大騒ぎしているのが笑える。

アルベリヒとミーメは仲の悪い兄弟だが、巨人族の兄弟のように殺し合いはしなかった。

しかし、ミーメがジークフリートに殺された瞬間に、岩の隙間(アルベリヒの隠れ場所)から大声で愉快そうに笑う声が聞こえてくるのは不気味だ。そんな目立つ声で笑ったら、隠れている意味が無いだろう?!

口が滑りまくりのミーメ

大蛇の姿で宝を独り占めするファーフナーを倒したジークフリートに、育てのパパであるミーメが近づいてくる。

ファーフナーの血を舐めたジークフリートは鳥の歌声を理解できるようになっていたが、ミーメの心の声も聞こえるようになったらしい?いや、違うのかも。よくわからないのだが、ついにお宝をゲットして不要となったジークフリートの息の根を止めてしまおうと企むミーメ本人が浮かれ過ぎて本音を漏らしてしまったようにも見える。

身寄りのないジークフリートを育ててあげた美談を、これまで以上に美しい「猫撫で声」で歌うミーメに注目せよ。

優しく、柔らかく、かわいらしく、残酷な言葉を吐くミーメ。

ミーメ:「ワシは、ただ、子供の首をちょん切りたいだけなの!うふふ!」

身の危険を感じたジークフリートに、ミーメは殺されてしまった。ジークフリートの実父の形見である剣の破片を使ってジークフリート自身が鍛えた剣ノートゥングで。

ミーメよ、安らかに眠るのだ。

以上、おもしろいキャラクター、ミーメの紹介でした。

私スズキとChatGPTとの会話

私はオペラについて語り合える相手がいない。いかにクラシック音楽・オペラというものが世の中のマイノリティーであるかを常に感じている。

仕方ない。お気に入りのミーメについて、流行りのChatGPTとお喋りすることにした。

Suzuki
「ジークフリート」のミーメという登場人物は、悪いやつなのだけど、愛嬌があって面白いと思います。道化役のようです。そう思いませんか?

ChatGPT
「ジークフリート」のミーメは、確かに悪役の一人ですが、彼が演じる役割は、おおらかで陽気な道化師のように見えるかもしれません。彼は、自分が望むものを得るために、裏切りや策略を用いることがありますが、そのやり方は滑稽であるため、彼自身が面白くなってしまう場面もあります。
しかし、彼の行動は決して許容できるものではなく、物語の進行に大きな影響を与えます。彼は、主人公であるジークフリートに対して危険な課題を与え、彼を殺害するための策略を巡らせます。そのため、彼が面白く見える場合でも、彼の行動には警戒が必要です。
以上から、ミーメが面白いキャラクターであることは確かですが、彼が悪役であることを忘れずに物語を楽しんでいただければと思います。

Suzuki
ミーメ役を歌うのは難しいですか?

ChatGPT
ミーメ役を歌うことは、オペラ歌手にとって非常に難しい役割の一つです。ミーメは、高度な歌唱技術を必要とするアリアを多数持ち、かつ役割的にも声域が非常に高いパートであるため、歌唱力の高い歌手が必要とされます。
また、ミーメは、演技力にも優れた役割であるため、歌唱技術だけでなく、俳優としての才能も必要とされます。ミーメは、悪役としての役割を演じなければならないため、その内面的な複雑さを表現する必要があります。
さらに、ミーメが登場する「ニーベルングの指環」全曲は、長大で複雑なオペラであるため、歌唱技術や演技力だけでなく、音楽理解力や演奏技術にも高度な要求があります。
したがって、ミーメ役を歌うことは、非常に難しいと言えます。

Generated by ChatGPT

ミーメについて聞いているのに、ChatGPTはジークフリート役と若干勘違いしている部分もあるのではと思うのだが・・・

それから、ミーメ役を歌うオススメの歌手を教えてくださいと聞いてみたのだが、Chat GPTは上手に回答できなかった。ミーメではなく、ジークフリート役の歌手や指揮者などの名を挙げていた。

そこで、試しに日本語ではなく英語で聞いてみた。すると、日本語よりは良い回答を得た。

Suzuki
Who is the best opera singer to sing Mime in Siegfried?

ChatGPT
There have been many great opera singers who have sung the role of Mime in Wagner’s opera “Siegfried”. It is difficult to say who is the best, as each singer brings their own unique interpretation and style to the role. However, some of the most acclaimed performers in this role include:

Gerhard Stolze: Stolze was a German tenor who was known for his interpretation of Mime in the 1960s and 1970s. He is widely regarded as one of the greatest interpreters of the role.

Heinz Zednik: Zednik was is an Austrian tenor who was is also known for his portrayal of Mime. He performed the role at the Bayreuth Festival, where Wagner’s operas are traditionally performed, and received critical acclaim for his performances.

Peter Schreier: Schreier was a German tenor who had a long and successful career in opera. He was known for his performances in Mozart and Bach operas, but also sang the role of Mime in “Siegfried” on occasion.

Siegfried Jerusalem: Jerusalem was a German tenor who was known for his performances in Wagner’s operas. He sang the role of Mime on several occasions and was praised for his powerful voice and expressive acting.

Robert Tear: Tear was a Welsh tenor who had a versatile career in opera and concert singing. He was known for his performances in Benjamin Britten’s operas, but also sang the role of Mime in “Siegfried” on occasion.

These are just a few examples of the many great singers who have performed the role of Mime in “Siegfried”. Each of them brought their own unique style and interpretation to the role, and it is difficult to say who is the best.

Generated by ChatGPT and edited by Suzuki

取り消し線と赤字は著者スズキによる。

Peter Schreierの名は知っているがミーメ役も歌っていたことは知らなかった。

取り消し線を入れたSiegfried Jerusalemも、もちろん名は知っている。しかし、どう考えてもミーメではなくジークフリート役だろうと思ったのだが、ひょっとしてミーメも歌っていたのか?調べてみたが、そのような情報は見つからなかった。これはきっと誤情報だろう。(名前がジークフリートなので、ChatGPTが混乱したか?)

他の歌手たちはミーメ役を歌ったことがあることをGoogle検索で確認した。

まだ生きている歌手たちが過去の人物のように記述されている部分が気になったが、日本語で質問するより、英語の方が質の高い回答を得られることがよく分かる回答だ。

その他、「ジークフリート」の過去の演出についてChatGPTに教えてもらった。また、ウィーンで「ジークフリート」を鑑賞予定だと伝えると、素晴らしいことですねと言ってくれて、私は嬉しくなってしまった!

ああ!!

人間と喋るよりAIと喋る方が楽しくなってしまう。人間としてこれで良いのだろうか?

ジークフリートの気持ち

育ての親ミーメに対するジークフリートの態度は酷い。泣き真似するミーメの演技についつい同情してしまう。

最終的にはミーメを殺してしまったのだから、まったく酷い息子だ。

ただし、弁護できる面もある。ジークフリートは、確かにミーメを嫌っていたが、殺したいと思っていたのではなく、二度と会いたくないと思っていたに過ぎない。ジークフリートは身の危険を感じた時だけ、相手を殺す。ジークフリートは巨人で大蛇のファーフナーも殺したが、ファーフナーはジークフリートを食べようとしたから、殺されてしまったのだ。ミーメも、用無しとなったジークフリートを殺してしまおうと企んでいたから、ジークフリートはミーメを倒さなければならなかった。

ジークフリートは育ててくれたミーメに対して微塵も感謝を感じていなかったのか?

そうではないと私は思う。

おバカな彼なりに悩んでいた様子が見てとれる。育ててくれたミーメを好きになってあげなければならないのに何故好きになれないのか、彼は悩んでいた。

なにしろ、「ジークフリート」の作品内でも描かれている通り、ミーメは、一応ジークフリートに重要な情報を提供してくれたではないか!

ジークフリートの母親は、出産の時に亡くなったこと。ジークフリートという名は母親が付けたということ。ジークフリートの父は戦いに敗れて死んだということ。その戦いで奮った剣の破片が保存されていること。いずれも、ジークフリートにとって大事な情報であり、この話を聞いた時、ジークフリートは感動した。

それに、ジークフリートが気に入っている腰に付けた角笛だって、ミーメが作ってくれたものではないか!

鳥の歌声に応じようとして葦笛を自作してみたが、うまく鳴らせなかったジークフリートにとって、吹き慣れた角笛はお気に入りの楽器であることは間違いない。ミーメが作ってくれたのだ!

もうすぐ宝をゲットできると浮かれまくったミーメが、口を滑らせてジークフリート殺害を漏らしてしまった時、ジークフリートはきっと心からショックだった。ずっとミーメのことが嫌いだったけど、ミーメが自分を殺害しようと思っているとまでは気付かなかった。なぜ自分がミーメを好きになれなかったのか。ミーメの企みに、ジークフリートは本能的に気付いていたのかもしれない。それでも、ジークフリートは彼なりにミーメを好きになってあげなければいけないのに好きになれないことを気にかけていたのに・・・ジークフリートは裏切られた気分だったはず。

ジークフリートと育ての親ミーメという、奇妙なコンビが、憎まれ口を叩き合いながらも幸せに暮らせる可能性はゼロだったのだろうか。どこかに突破口があったのではと考えたくなってしまう私は考え方が甘いのだろうか。

衣装デザイン

2020年のコロナ禍初期、アムステルダムのオランダ国立歌劇場が無料でYouTube公開した「ニーベルングの指輪」全4作品で、衣装をデザインしたのは石岡瑛子(1938年-2012年)だった。ミーメはハエをイメージした衣装だとどこかで読んだ記憶がある。やたらと長い人差し指を擦り合わせながらニヤニヤして歌うミーメが印象に残っている。他の登場人物には和を取り入れている。ヴォータンがトネリコの木の服を着ていた。2020年12月に東京都現代美術館で石岡瑛子展を鑑賞した。

以下の写真はYouTubeで公開された映像をスマホで撮影したもの。この「ニーベルングの指輪」全4作品はDVDになっているようなので、詳細を観たい人はぜひ探してみてはいかがだろうか。

「ニーベルングの指輪」衣装デザイン:石岡瑛子(1997年)

起きろ、ニョロ、嫉み

Erwach!

「ジークフリート」では、1人が短い眠りから目を覚まし、2人のが長い眠りから目を覚ます。

大蛇の姿になった巨人ファーフナーは、特にやることもなく、ひたすら寝ているらしい。趣味は昼寝といったところか。ファーフナーはさすらい人(ヴォータン)とアルベリヒに起こされて不機嫌になったが、再びうとうと眠った。そして、ジークフリートの角笛の音で目を覚ました。

それから、知恵の女神エルダをヴォータンが起こす。大声で呼び起こされたエルダもまた不機嫌になった。ヴァッへ!エアヴァッへ!ヴァーラ!と神々しく叫んでエルダを起こしたヴォータンも、結局何も出来ない、やる気のないエルダに絶望してしまったようだ。

そして、ヴォータンとエルダの間に生まれた娘ブリュンヒルデは、前作で父ヴォータンに神性を奪われ、火に囲まれて長い眠りについていた。ブリュンヒルデはジークフリートに起こされた。

Wurm

どうやら、ドイツ語のWurmは細長くてニョロっとしたもの、何でも指すらしい。巨大な大蛇というか龍の姿になった巨人族のファーフナーのことをWurmと言っている。小さな赤ちゃんだったジークフリートのこともWurmと言っている。巨大なものと小さなものを同じ単語で表すところに妙な面白味を感じる。

Neid

この人たちは名剣ノートゥング Notung のことをneidliches Schwerd と呼ぶ。Neidは妬みという意味なので、人から妬まれる、人が羨む剣ということ。

ところで、このNeidという単語は剣のこと以外でも使われている。蛇のファーフナーが住む洞窟はNeidhöhleと呼ばれている。「妬みの穴」ということだ。

Neidはナイトと発音する。最初、私は誤って夜のことだと思ってしまったのだが、間違っていた。

叫びながら剣を鍛える雄々しいジークフリート

ワーグナーは男にトンカチでトントン音を立てながら歌わせるのが好きなのではと思う。

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」では、歌を作り歌う靴職人のハンス・ザックスが、皮を叩いて靴底を作りながら歌を歌う。

「ジークフリート」では、父の形見であるノートゥングという名の剣をジークフリートが鍛える。鍛冶屋のミーメは十数年も繋ぎ方を研究してみたのに挫折した。ジークフリートは、繋ぎ方には目もくれず、刀の破片を削って溶かし、型に流し込むという方法を取った。みるみるうちに刀が出来上がっていく。

大槌で熱い刀を叩きながらジークフリートが歌いまくる歌が異様な熱を帯びている。ちょっと聴いてみますか?

歌っているのはワーグナー歌いの代表的なテノール歌手の一人、アンドレアス・シャーガー Andreas Schager だ。

2分25秒ぐらいから実際に金槌を叩いている。ニヤリと微笑み、嬉々としながら。夏の熱い日の野外コンサートにピッタリだ。

ハイホー!ハイホー!ノートゥン!

熱い剣をたっぷりの水に差し込むと、シューと音が鳴る!刺激的な歌いっぷりは圧巻だ!

これは、ただエネルギッシュで熱いだけの歌ではない。深い憂いを伴う歌だ。ジークフリートはこう歌っている。「ノートゥング、お前はどうして砕けてしまったんだ!」 剣が砕けたからジークフリートの父は相手に負けて死んでしまった。息子が生まれるということさえ知らないまま、彼は死んでいった。生きていれば、会えたのに。そんな悲しみも込めながら、ジークフリートは物凄い勢いで剣を再生させた。

ハッピーエンドのようでハッピーエンドではない(涙)

「ニーベルングの指輪」四部作の中で、「ジークフリート」だけはハッピーエンドのような終わり方をする。

ヒーローのジークフリートは悪い奴らをやっつけたし、長い眠りにあったヒロインのブリュンヒルデは王子様?のようなジークフリートのキスで目覚めす。

目覚めた瞬間のブリュンヒルデは太陽と光を尊んで喜び、また、自分を起こしてくれたのが勇敢な勇者ジークフリートだったことを知って感激したのだった。

しかし、すぐにブリュンヒルデは現実を察する。

神の子として生まれたのに、神性を失い、人間の男の所有物となる屈辱。永遠の命を与えられず、死ぬ運命であること。神々の世界が終わりに近づいていること。不安と絶望にかられるブリュンヒルデの苦悩を、おバカな怪力男ジークフリートは理解できなくて戸惑う。おバカなりに純粋で子供っぽい愛を伝えるジークフリートに、ブリュンヒルデは負けた。もういいや。どうせ近いうちに死ぬ運命。それまで笑って楽しく過ごそうではないか。

幸せそうに見えるか?

そうではなく、諦めて開き直った感じだと私は思う。

「笑いながら死にましょう!」と歌って終わるブリュンヒルデは、この物語の続きを示唆している。

何も理解できていないジークフリートは夢中でブリュンヒルデの歌を真似ている。

この前の作品「ワルキューレ」はヒーローのジークムントが死んで、ジークリンデは絶望の淵にいて、ブリュンヒルデは眠らされるという、暗いエンディングなのだが、ジークリンデのお腹に子供が宿っていることと、ブリュンヒルデがいつかは目覚めることを考えれば、希望のある暗さと言える。

それと比べると、「ジークフリート」は希望のない明るさだ。

そのことに気付いたら、最後のブリュンヒルデの歌に涙してしまった。

予習音源

  1. IDAGIO

IDAGIOはCMが不快ではないという点でYouTubeより優れている

Wagner: Der Ring des Nibelungen | Sir Georg Solti | Wiener Philharmoniker

2. YouTube

Opera North YouTube Channelより

2023年にウィーンで上演される「ジークフリート」では、主役を歌うのはクラウス・フロリアン・フォークトKlaus Florian Vogt。彼もまたメジャーなワーグナー歌いのテノール歌手。2013年にルツェルン音楽祭で「ワルキューレ」のジークムント役を聴いて以来、私にとっては二度目の生鑑賞となる。あれから10年経つが、今もまだ第一線で活躍している。日本にはほとんど来日していないと思われるので、貴重な鑑賞機会だ。

肝心のミーメ役は、オーストリア出身の歌手なのだが、名前をYouTubeで検索してもごく僅かしか動画がない。歌手の詳細は不明だが、ウィーン歌劇場で抜擢されるのだから、きっと実力ある歌手なのだろう。

去年12月にフランクフルト歌劇場でベックメッサーを歌った Michael Nagy はアルベリヒを歌う。ヴォータン(さすらい人)役を歌うEric Owensにも大いに期待したい。

 

上部へスクロール